NHKスペシャル「シリーズ日本新生 決断間近! どうする?消費増税」
討論
シリーズ日本新生
決断間近!
どうする?消費増税
では、来年4月に消費税率を現在の5%から8%に引き上げることに対して生放送で討論を行った。
以下は、番組中で自分が疑問に思ったことをメモした。
1.アベノミクスは好調?
番組ではアベノミクスの円安の影響により自動車の輸出が好調なことから売り上げが伸びているそうだ。ある輸送会社ではリーマンショック以降出てなかったボーナスが出るなどアベノミクスの効果を強調している。
その一方で、円安の影響で食品やガソリンの物価が上がり生活が苦しくなっている人たちも多い。
ぼく自身は医療機器メーカにいるのだが、アジア市場がまったくダメでアベノミクスの効果など「焼け石に水」という感じだ。
NHKの世論調査によると、景気回復の実感は
・感じる 14%
・感じない 44%
・どちらともいえない 38%
だそうだ。つまり8割くらいの人たちにとってアベノミクスの明確な効果は感じられないという結果だろう。これについて甘利経済再生担当大臣は
どうしてもこれは順番がありまして、日本全国一律にどんと(いっきに)アベノミクスが浸透するということは出来ません。どうしても金融業績で言えば、改善していくのは大きい企業から先ですし、輸出企業から先です。地域で言えば都市部から先で、地方はタイムラグがあります。
大事なことはタイムラグをなくすためにいろいろな対策を打っていくことです。
ここで甘利大臣は「大企業・輸出企業が潤えば日本全体が潤う」と言っている。
しかし、日本は大半の人が信じているより輸出への依存度(貿易依存度)は驚くほど低いことをご存知だろうか?
総務省のデータによると
9-3 貿易依存度 (エクセルシートの9-3というタブより)

である。
つまり、韓国(49.9%)やドイツ(41.3%)より日本の輸出依存度(14.0%)はかなり低い。さらにアメリカ(9.8%)は1割も輸出依存度がない。
甘利大臣が言うような輸出企業が日本を支えているというのは、いったいどの数字を見ていっているのだろうか?
この数字を見る限り、日本もアメリカも内需依存国にしか見えない。
2.雇用者の数は増えている?
熊谷亮丸氏(大和総研チーフエコノミスト)
アベノミクスに対する典型的な批判は、円安で輸入品の値段が上がってしまう。他方で給料が上がらないので国民の生活が苦しくなる。しかし、これは先ほど甘利大臣が言われたように時間差の問題だと思います。(中略)先ほどのVTRのように上がっているのはボーナスだけではなく、雇用者の数が非常に増えている。私どもの懐に入る賃金の総額というのは、一人当たりの賃金に雇用者数をかけたものです。一人当たりの賃金は水面ぎりぎりですが、今雇用者数が急増しています。実は4~6月で見ると前年比で給料は1% くらい伸びています。
これはリーマンショック前以来の伸びですから、日本経済は着実に回復にあります。
雇用者数が増えていると言っているが、それは非正規雇用者が増えているだけである。2013年には非正規比率が男20.9%、女55.4%と男女とも過去最高を更新している。
そしてこの数年間の電機メーカのリストラは18万人程度もおり、さらにアベノミクスでは「限定正社員」を導入しようとしている。正社員をこの「限定正社員」に置き換えて人件費を削減し、仕事がなくなれば解雇できる状態を作ろうとしている。
このような状態で、熊谷氏の言う「日本経済は回復している」は説得力に欠ける。
3.社会保障と税の一体改革
清家篤氏(元社会保障制度改革国民会議会長・慶応義塾長)
今回の社会保障制度改革の中には、低所得者の社会保険料の負担を軽減する改革も含まれています。そういう面では、消費税の増税に伴う逆進性の問題を緩和する部分もこの社会制度改革の中にはあります。
いま、国民健康保険は大変なことになっている。
「国保より五輪」猪瀬知事方針で 国保料2万円から16万円の暴騰
・納付通知を見てびっくり
東京都の国民健康保険料が暴騰している。今期の保険料について「納付通知」が届くころだが、東京23区では前年度2万円だった人が、16万円もの値上がりに悲鳴を上げているという。18日「赤旗」が伝えた。
・区町村への支援額を1/8に減額
暴騰の原因となったのは、都による区町村に対する独自支援の減額。320億円あったものが、今年度は43億円とほぼ1/8に激減させた。
(中略)
・東京五輪競技場の新設・増改築に1300億円
東京都にお金がないわけではない。石原・猪瀬知事が招致に異様な情熱を燃やす「2020年東京五輪」の予算は潤沢だ。
五輪開催に向け積み立ててきた開催準備基金も約4000億円にのぼる。これを国保に回せば、10年は暴騰を避けられる。
(中略)
オリンピックに数千億円使い、もう一方では支援金を280億円近く減らして、国保料を8倍にあげるという。オリンピックというのは、まず自国民が健康でなければ意味がないと思うのだが、このような税金の再分配はオリンピックの精神に反していないのだろうか。このような国がオリンピックをやるにふさわしいといえるのだろうか。
このような事実があるのに「消費税が上がれば逆進性が緩和され、社会保障が充実します」などといわれて、誰が信じるだろうか。
4.日本の法人税は高く消費税は低い?
熊谷氏
私は法人税の減税をすることがきわめて重要だと思っております。いま、世界の潮流で言えば、消費税を上げて税収を安定させて、他方で経済を活性化させるために法人税を下げるというものです。
(中略)
国際比較で見るといま(日本の)法人税は高すぎるんですね。日本はだいたい35%。他の国は20%代半ば。他方で消費税はEUの国では15%以上です。日本の国は消費税が低すぎて、法人税が高すぎる。
これは以前から当ブログで取り上げている。詳しくは以下の過去のエントリーを全文目を通してほしいが、ポイントだけ引用する。
法人税(1) 日本の法人税はそんなに高いのか?
「大企業の実際の実効税率」に示されているように、
・三菱商事 8.1%
・三井物産 9.3%
など、およそわれわれが想像していた「日本の法人税率は40%」のイメージから乖離しているようなものまである。
これにはいろいろな控除があるためだ。
試験研究費税額控除
外国税額控除
受取配当益金不算入
くわしくは、先ほどのリンク先を参照してほしい。そのうち(みなし)外国税額控除については別途本ブログで取り上げてみたい。
付け加えておくと、三菱東京UFJや三井住友、みずほなどの大銀行が、2004年以降、赤字分を次年度以降に繰り越して黒字分を相殺する優遇税制によって、法人税ゼロになっていることも問題だろう。
法人税というのはそもそも黒字企業のみが払っており、黒字申告割合が3割を下回っている(国税庁)なかでの法人税減税は、数少ない強者の大企業をますます強くしているだけではないか?法人税減税した分の企業の利益は、企業内部留保や株主配当などに消えるだけで、労働者(特に非正規労働者)の給料があがるとはだれも確信できないだろう。
番組中で清家氏は
これまでもかなり企業が成長したときに、十分に賃金に分配されてこなかった問題があることは確かです。それがデフレを深刻化させてきました。今回はぜひアベノミクスで企業の収益が高まったものをきちんと賃上げにまわすようにし、もちろん賃上げは民間の労使がやることですが、政府も少しコミットして話し合いの場にはいるとか、賃上げした企業に減税するとか。あるいは実は政府ができるいちばん手っ取り早い策は公務員の給料を上げるということです。
と、過去の企業の犯した過ちを認めているし、政府が出来るもっとも直接的な景気対策は「公務員給料を上げること」と認めている。つまり、法人税減税は直接的な景気対策とはいえない。
つぎに日本の消費税の税率についても、過去のエントリーを参照していただきたい。
消費税(2) 日本の消費税率5%は低い?
日本の消費税収構成比が32.8%(2010年度)もあるなんて、付加価値税標準税率25%もあるスウェーデンの税収構成比36.5%(2007年)と大して変わらない。
こんなにも日本の消費税収負担が大きいのに、日本はスウェーデンのように大学にただでいくことすら出来ない。何かおかしいと思わないだろうか?同じ税負担ならおなじ政府サービスを求めてもよいのではないか?
5.大企業にやさしく、庶民に厳しい
番組に寄せられた意見の中にも「大企業優遇で、消費税を負担する庶民の家計への配慮がない」というメッセージがたくさん寄せられた。
それもそのはず、今までの消費税増税分は下のグラフのように、法人税減税の穴埋めに使われてきた事実があるからだ。
消費税は19%に増税して、その分法人税は25%に減税して頂戴という身勝手経団連のトンデモ提言

番組では出てこなかったが、消費税還付金というものがある。
消費税というのは日本国内の消費に関して課税するから、海外に輸出する場合は免除される。詳しくは下記のエントリーを参照してほしい。
消費税還付とは? その1
消費税還付とは? その2
つまり、輸出企業は消費税率が上がれば上がるほどこの消費税還付金が受け取れるが、下請け企業は消費税分うまく価格転換できなければ泣き寝入りとなることもある。それが証拠に2009年度の国税滞納額、7.478億円のうち消費税の滞納は、3,742億円で50%を占めている。
このようなことがなくなるようにインボイス制度を導入しなくてはならないが、番組では一切インボイスの話は出てこなかった。本気で消費税について議論する番組なのかどうか怪しい。
また、消費税還付金を悪用した犯罪も後を絶たない。
財界が消費税増税押しをした理由 消費税の輸出還付制度=戻し税を使った犯罪発覚
中古カメラ部品などの輸出入会社「ハナヤカ」(東京・板橋)などのグループ約10社が東京国税局の税務調査を受け、消費税の還付制度=「戻し税」を悪用して約4億円を不正に還付させたと指摘されたことが2012年10月30日、分かりました。同局は重加算税を含め約5億円を追徴課税したということです。
6.国際競争力が上がれば税収が伸びる?
中空麻奈氏(BNPパリバ証券投資調査本部長)
ユーロ危機の中で、ギリシャ・アイルランド・ポルトガル・スペイン・イタリアなどあるのですが、唯一アイルランドだけは回復過程に入ってます。なぜかというと法人税を12.5%と低いところで抑えたからなんです。
これは企業が国際競争力を持つことが出来たから、税収が上がったからです。
アイルランドを引き合いに、法人税減税したら全体的に税収が伸びたといっているが、1.の表にあるようにアイルランドは輸出に59.2%も依存している国である。それを輸出依存度14.0%の日本と比べることに意味はあるのだろうか?
国際競争力についても、過去のエントリーを参照していただきたい。
法人税(3) 国際競争力とは?
2008年にノーベル経済学賞を受賞した国際経済学者、ポール・クルーグマンは、国際競争力というものはペテンだということを言っている。国際競争力をつけなくてはいけないからと賃下げするのは愚の骨頂だと主張してきたのだ。アメリカは貿易依存度は1割程度で内需が9割の国なのに、そんな国で労働者の賃金を下げていったらマーケットが小さくなって経済がだめになるというのがクルーグマンの考えである。国際競争力信仰の危うさを看破した画期的な人なのだ(*1)。
*1:富裕層が日本をだめにした!「お金持ちの嘘」にだまされるな・和田秀樹
先ほど述べたように日本の輸出依存度はGDPに対してわずか14%である。つまり内需が8割の国なのだ。このような中で、非正規雇用を増やしたりブラック企業による労働者いじめ、電機産業の大リストラをした結果が今の日本の経済状況(デフレ・スパイラル)である。これは「国際競争力」という言葉がまやかしであることの証明だ。「国際競争力」とは人々に競争を煽り立てて、苦しい暮らしを我慢しろというものでしかない。
そして中空氏の言う国同士による法人税減税合戦は国民に何をもたらすだろうか。最近書いたエントリーでも、タックス・ヘイブンによってグローバル企業が多くの税金を逃れていることが問題になっている。
タックス・ヘイブン
・ジョン・クリステンセンのインタビューから
租税回避をしているのはスターバックスだけではありません。グーグルやアマゾンなどあらゆるグローバル企業が行っています。租税回避をしている企業は市民が払った税金で提供されるインフラや行政サービスをただで使っています。食い物にしていると言っても過言ではありません。グローバル企業は民主主義国家を脅かす存在になっているのです。
最近はグローバル企業だけではなく、個人でもこうした動きが加速している。kojitakenさんのところでも、下記のエントリーが非常に注目を集めた。
NHKスペシャル『"新富裕層" vs. 国家 ~富をめぐる攻防~』(8/18)のメモ
世界に1100万人いるという「リッチスタン人」のうちアメリカに次いで多いのが日本人で、190万人いるという。日本の人口の1%ならぬ1.5%。番組では日本の「新富裕層」がシンガポールへ、アメリカの「新富裕層」がプエルトリコにそれぞれ移住した実例を紹介していた。
日本では株式等の売却益に10%の税金がかかる*1が、シンガポールでは非課税。法人税も低く、日本の「新富裕層」がシンガポールに毎年移住しているとのこと。
(中略)
番組で秀逸だと思ったのは、稼ぐだけ稼いで国に富をもたらさない「新富裕層」を生み出したのがレーガン時代のアメリカの政策だったと正確に指摘していたことだ*2。番組は、確かWSJのロバート・フランク記者の口を借り手だったと思うが、「トリクルダウン理論」は成り立たなかったと断定していた。「新富裕層」を「モンスター」とも言っていた。
アメリカのオバマ大統領は富裕層増税を求めるが、富裕層の意を受けたロビイストが共和党議員に富裕層増税に賛成しないよう念を押している。日本でも所得税の最高税率が40%から45%に引き上げられることに触れていたが、株式等の配当や売却益の軽減税率が続いていることには言及しなかった*3。こういう限界があったとはいえ、税金逃れの策を弄するモンスターである「新富裕層」の問題を鮮やかに浮き彫りにした好番組ではあった。
ここまで長々書いたが、じつはまだ番組は中盤である。結局この討論番組は、上記で指摘した資料を視聴者に見せないで、消費税増税やむなしという政府の下地を作るためのものだった。もっとちゃんとした討論番組を期待していたのだが、子供だましでしかなかったのは残念だ。
【Takky@UC】
[編集部より]
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