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「戦後史の正体」を読んだ

パイの大きさが大きくならない世界でも利潤が存在するのだから、利潤のぶんだけパイが大きくなるわけではないことがわかる。
なんとなく人は、それぞれの企業がそれぞれに利潤をあげると、それぞれの利潤の合計だけ世界が豊かになっていく、と錯覚している。もしくは錯覚させたがっている。
そうではない。
昔は国民が三つの階級、地主、資本家、労働者に分かれていて、国民の収入もそれぞれ、土地地代、資本利潤、労働賃銀、からなっていたけれど、今では地主階級というのは滅びてしまったので地代は利潤の中に入れる。つまり国民の収入は利潤と賃銀に分かれる。利潤は賃銀以外の収入を意味しているだけだ。
パイが大きくならない世界で利潤を増やせば賃銀の分が減る。パイが小さくなったとしてもそれ以上に賃銀を減らせば利潤は増える。そういう意味しかない。

ここで、利潤ではなくて、「儲け」(もしくは利益)という言葉を使ったとする。
「今期は会社の業績がよくて儲けがいっぱい出た。社員がみんな一生懸命働いたおかげなのだから、その分はボーナスとして社員に分けよう。」…
このとき「儲け」は利潤ではなくて賃銀を増やしている。
かつての日本型経営というのはそういうことをやっていた。
出資者に配当を払うというのは、会社にとっては借入金に利子を払うのと同じだ。株主というのは借金取りなのだ。
戦前の日本は不在地主制度に苦しめられたけれど、株主というのは要するに不在資本家だ。不在地主に払う年貢は少なければ少ないほどよいし、不在資本家に払う配当も少なければ少ないほどよい。

ソ連がやったことを見ると、農地の国有化は国が巨大な不在地主になっただけということらしい。農民の自留地のほうがはるかに生産性が高かったというから、土地はそこで直接働く人が所有するのがよいのだろう。
 会社、企業も国営化すると国が巨大な不在資本家になってしまいかねない。だから会社はそこで直接働く人が所有するのがよい。すると…
 何だ、これは日本型経営そのものじゃないか。
 そして、それは生産手段の労働者所有のことで、つまり日本型経営というのはマルクスの考えた資本主義よりマルクスの考えた社会主義に近いのだと思われる。

日本型経営が全盛期だったころ、日本は世界で一番成功した社会主義の国だと冗談として語られていたけれど、ぼくは、ソ連型の社会主義というのは一種の開発独裁なのだという意見に賛成で、いま日本で世界史上初めての本当の社会主義が成立しようとしているのだと考えた。「日本の社会主義」によって開放された生産力はすさまじい威力を発揮して世界を席捲した。それがどう変わっていったのか…。

孫崎享戦後史の正体」を読んだ。
ソ連の崩壊以後、冷戦に勝利したアメリカは日本を次の敵として見定めて日本の経済力の解体を仕掛けた。しかし日本はその日米冷戦に気づかなかった、というストーリーには説得された。
 商品の総額と収入の総額は等しいのだから、貯蓄が投資されずに溜め込まれると商品が売れ残り、失業・貧困が発生する。郵貯、年金を基に集まったお金を国が投資するという財政投融資は日本経済の第二の心臓ともいえる補助ポンプだったのだ。アメリカはその第二の心臓に目標を定め、反年金、反郵貯のキャンペーンを仕掛けた。それは見事に成功した。そしてさらにおまけとして、その郵貯、年金に集まった資金をアメリカ国債を買わせるという形で吸い上げようとした。…

さて、これからどうしましょう。

【shn】

[編集部より]
この記事の著者、はmixiの「鍋党コミュ」のメンバー、shnさんです。
当Nabe Party では mixi「鍋党コミュ」内でさまざまな議論を行っています。本記事に対して、同じく「鍋党コミュ」のメンバー、杉山真大@震災被災者さんから反論がコミュ内でありましたので、以下に紹介します。

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(以下、mixi「鍋コミュ」に投稿された杉山真大@震災被災者さんのコメント)

正直、ブログ公開前に言いたくはなかったんですけど、それでも言わざるを得ません。


これはひどい。


前回のエントリの利潤の捉え方についてもさることながら、今回は孫崎亨「戦後史の正体」を肯定的に取り上げてしまってますし、そもそも歴史的事実すら踏まえていないんじゃないかと思います。

>>昔は国民が三つの階級、地主、資本家、労働者に分かれていて、国民の収入もそれぞれ、土地地代、資本利潤、労働賃銀、からなっていたけれど、今では地主階級というのは滅びてしまったので地代は利潤の中に入れる。

先ず地主ってのが消滅したのか?ってのが疑問符が付きます。確かに農地改革で耕作地は自作農=零細農家中心になったとは言えますけど、しかし農地改革の時でさえ山林はそのまんま温存されてます。そうした山林地主が高度成長からバブル期にかけての開発ブームによって一種の資本家になった例も結構あるのです。また、農村ではなく都市部の地主にしても同様のことが言えたりします。財産税でやられたとしても、それでもかなり持ち堪えたり或いは戦後の致富によって不動産投資をした層も(昨今地価暴落とか言われていても)いまだに影響力は少なからずあったりします。

>> 会社、企業も国営化すると国が巨大な不在資本家になってしまいかねない。だから会社はそこで直接働く人が所有するのがよい。すると…
>> 何だ、これは日本型経営そのものじゃないか。
>> そして、それは生産手段の労働者所有のことで、つまり日本型経営というのはマルクスの考えた資本主義よりマルクスの考えた社会主義に近いのだと思われる。

すいません、それはマルクスだけの専売特許でもないのですが。いわゆるドイツ経営学とかで言われている企業の共同体モデルってのも、そこで直接働く人の利害を優先させるものなんですけど。例えば(今もあるかは分からないので失礼)ドイツの会社法だと労働者の側からも監査役を出したりして、企業の経営方針とかは労使の共同決定だったりします。
そればかりか、1980年代のレーガノミックス以前のアメリカ企業も実は「会社はそこで直接働く人が所有する」って状態だったとまで言われているんですよ。経営史を勉強していたらバーリとミーンズの「所有と支配の分離」ってのは御存じかもしれませんけど、その所有していた「不在株主」ってのは機関投資家・より具体的に言うなら企業や自治体などで働く人たちの年金基金だったりする訳です。年金基金だから信託報酬が発生しますけど、それをさて置いたとしても実際の受益者は皮肉にも労働者だったりします。

そもそも「日本的経営」ってことを問題にするなら、奥村宏辺りが指摘していた「法人資本主義」・具体的には株主の相互持合いとかそこから来る「会社本位」とかの問題も考慮すべきだし、「日本的経営」の典型の一つとされるQCサークルにしても実はアメリカが持ち込んできたSQCと小集団活動が背景にあったりします。そういったことを余り関心を持たず、孫崎氏の著作を嬉々として取り上げていたら、そのうちとんだしっぺ返しが来るかと自分は思うのですが。
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[編集後記]
当エントリでは、mixiのコミュ「鍋党~再分配を重視する市民の会」に寄せられたshnさんの投稿と、それに対するコミュ内における杉山真大@震災被災者さんの反論コメントをそのまま掲載しました。読者の皆さまのご意見・ご感想をお気軽にコメント欄にお寄せください。また、当ブログでは記事の著者も「鍋コミュ」メンバーには限定しませんので、読者の皆さまからの投稿をお待ちしています。投稿に際しては、当ブログ欄のコメント欄に「非公開コメント」のオプションがありますので、それをご利用いただければ幸いです。
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テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

■ Comment

「日本的労使関係」こそが特殊な事例

某所で見つけたんですけど、いわゆる「日本的労使関係」って現実の日本では特殊なケースであることは既に20年も昔から指摘されていたんですよね。

http://d.hatena.ne.jp/iDES/20100221/1266757860
「日本の労働問題に関心をもった外国の研究者は、多少の誤解を交えながら、年功制(seniority system)と終身雇用(life-time employment)と企業別組合(enterprise union)とを、日本の労使関係として受けとめたのである・・・・・だが、これら三つの関係は、いかなる意味において日本の労使関係といえるのであろうか。というのは、年功制、終身雇用、企業別組合という労使関係は、日本の一部の労働者に、否過半の労働者にさえ適用できないのである。それは第一に、大企業の労使関係を説明するものとしては、有効性をもっているが、必ずしも中小企業の労使関係には妥当しない。今日、大企業を従業員規模三〇〇人以上とみるとしても、その労働者数は全雇用者の三〇%にすぎない。第二に、それは男子労働者には妥当するが、女子労働者の労使関係を説明するものではありえない。女子労働者は全体の三分の一を占めるから、いわゆる日本的労使関係がカバーしている労働者は、日本の全労働者の二〇%にすぎないわけである。とすると、日本的労使関係といわれるものは、果して日本の労使関係を説明しているといえるであろうか」

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あらま…

 経済用語を使っていて、科学的なようで、がさつ、てきとー。でも、それぞれ、ちゃんとしたレベルでケチをつけようとしたら、それなりに、労力と字数が要りそうなことは容易に予想できる。そんだけ、でっかい話をてきとーに、言いたい方向につなぎあわせているだけなんでしょう。まあ、杉山さんが簡単に反論してはいるけどね。と、言うことで、私は労力は使わないことにさせていただきます。
 あ、そうそう、読んでないけど、こういう人に支持されるってことは、孫崎氏ってのも、歴史についてこんなことをしているのかな?って思ってしまいますね。だったら、歴史学会とかが、ばっさりと切り捨てれば話が早いのにね。でも、最近の日本って、アカデミズム自体とその(マスコミとか政治とかでの)扱われ方がへんなことになっているから、困ったものなんですよね。

No title

確かに、これは頂けない記事ですね。

日本型経営やらを絶賛している事自体が、文章の質を下げていますし、まっとうなマルクス解釈としても評価できません。
それに従業員参加型の経営が、何もマルクスの主張した事ではなく、専売特許でも無いのは、杉山さんの言う通りです。

「再分配を重視する会」のメンバーの一人として、現代の資本主義の問題点を取り上げるならば、例えば…私の拙ブログにて下記の様な記事も過去に書きましたので、宜しかったら御参照下さい。

文明批判としての資本主義批判の現代における有効性について | 伊賀篤のブログ
http://blue.ap.teacup.com/nozomi/126.html
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 「鍋党」(Nabe Party)の参加者がつくるブログです。
 「鍋党」は、再分配を重視する市民の会です。私たちは、格差の縮小と貧困の解消を目指し、国や地方公共団体による、富の再分配の強化を求めます。そのため私たちは、「官から民へ」ではなく、「私から公へ」を追求します。

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