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「金持ちには応分の負担を、そして労働者には適切な賃金を」(前編)

今回のお題は
ポール・クルーグマンの「高所得者増税」論文を全文公開「金持ちには応分の負担を、そして労働者には適切な賃金を」
を読み解いていこうと思う。以下の文を読む前にリンク先のポール・クルーグマンの原文を読んでほしい。

1.質素だった1955年の経営者たちの生活

しかし1950年代には、最高所得層に適用される税率区分の最低税率はなんと91%だったのだ。一方、企業利益への税率は、国民所得比で見ると、近年の2倍だった。そして1960年頃、アメリカ人の上位0.01%は、現在の2倍に当たる70%以上の実効連邦税率を支払っていたと推定される。


昔のアメリカの最高所得層に課せられる最低税金が91%だったというのは、今聞いたらびっくりるくらい高税率だと思う。企業利益への税率も近年の二倍ほどもあった。ここで昔の日本の所得税について調べてみよう。財務省の「所得税の税率構造の推移」によると、昭和49年(1974年)は最高税率75%で住民税と合わせた最高税率は93%というびっくり仰天の税率だった。

「所得税の税率構造の推移」より

住民税と合わせた最高税率
昭和49年(1974)  93%
昭和59年(1984)  88%
昭和62年(1987)  78%
昭和63年(1988)  76%
平成元年(1989)  65%
平成 7年(1995)  65%
平成11年(1999)  50%
平成19年(2007)  50%


このように最高税率はいまや50%まで引き下げられている。
続けてポール・クルーグマンはこう言っている。

当時、富裕なビジネスマンが担わなければならない重荷は、高い税金だけではなかった。彼らは、今日では想像しがたいほどの交渉力を持つ労働者にも向き合わなければならなかったのだ。
1955年、アメリカの労働者の3分の1が組合員で、巨大企業での労使交渉は双方対等であった。企業は単に株主に奉仕するのではなく、一連の『ステークホルダーズ(利害関係者)』に奉仕するもの、という考えが一般的ですらあった。

高い税金と、強権を与えられた労働者に挟まれて、当時の経営者は、前後世代の経営者の水準からみると比較的貧しかった。

1955年にフォーチュン誌は、「重役たちの暮らしぶり」という記事を掲載し、その中で昔に比べて彼らの生活がいかに質素になったかを強調してい る。広大な邸宅、大勢の使用人、巨大なヨットという1920年代の光景は姿を消し、典型的な重役はこじんまりした郊外の家に住み、手伝いはパート、持ち 船、といってもかなり小さなレジャー用ボートを走らせるだけ、という具合だ。


昔のアメリカは税金も高かったし、労働組合も強かった。経営者たちの生活水準は質素だった。
つまり、経営者と労働者は対等なテーブルについていた。
日本でも昔は労働組合がストを行ったりしていたが、今ではそんな話はぜんぜん聞かなくなった。もうひとつは2011年には非正規比率が男20.1%、女54.6%と男女とも過去最高を更新している。非正規労働者が賃金交渉をするのは本当に厳しい話だ。

2.「社会主義」というレッテル張りの愚かしさ

今日、大邸宅や大勢の使用人、ヨットは、先例を見ない規模で復活している。そして富豪たちのライフスタイルを妨害しそうに見える政策は、ことごとく『社会主義』という轟々の非難に遭遇するハメになる。


ここで「社会主義」という非難に遭遇するハメになると言っているのは、正当に富(ここでは給与報酬・労働分配率のこと)を再分配することは「社会主義」だといって非難されるというわけだ。非難しているのは、誰かといえば富豪たちであり、多くは強欲なウォール街の投資家たちなのではないかな?だけど、ぼくのような労働者からして見れば、「社会主義」的なのは投資家や経営者のほうだろう。一生懸命に働いている労働者たちを低賃金で働かせている投資家や経営者のほうが「社会主義」的ではないかと思う。だれだって、仕事をした分は正当に評価されるべきだし、社会や会社に貢献した分を給与報酬・労働分配として正当に受け取るのは当然のことだ。そうしなければ労働者のモチベーションだって保てない。つまり正当な富の再分配を「社会主義」といって非難しているのは、富豪たちの詭弁に過ぎない。日本では、安倍総理が経団連に賃金引上げ要請するのをみて「国家社会主義者」などと言われているのを見てびっくりした。
つぎに今回の大統領選の話が出てくる。

実際、今回の大統領選でのロムニー候補の選挙運動は、バラク・オバマ大統領による高所得層へのわずかな増税と、数人の銀行家たちの不正な行状への言及が、経済の勢いを削いでいるという前提に基づくものであった。もしそうなら、富豪たちにとってはるかに厳しい環境だった1950年代は、間違いなく経済的危機にあった、ということになるのではないか。


今回の大統領選挙でどういう団体が両候補を応援していたかというと、以下のように真っ二つに分かれるところがおもしろい。
米大統領選と世界の金融規制改革より

オバマ大統領の献金リスト
1.カリフォルニア大学:70万ドル
2.マイクロソフト:54万ドル
3.グーグル:53万ドル
4.ハーバード大学:43万ドル
5.アメリカ政府:40万ドル
ロムニー大統領候補の献金リスト
1.ゴールドマン・サックス:89万ドル
2.バンク・オブ・アメリカ:67万ドル
3.JPモルガン:66万ドル
4.モルガン・スタンレー:65万ドル
5.クレディ・スイス:55万ドル
Source: http://www.opensecrets.org/pres12/contriball.php


「オバマ」vs「ロムニー」というのは、「IT企業」vs「投資銀行」の代理戦争だったのではないかと思える。
なぜこんなことになったかというと、二人の政策の違いがある。
金融業界規制より

オバマ:
無軌道な金融取引の取締と消費者保護を強化したドッド・フランク法(2010年成立)の徹底施行を表明。
ロムニー:
ドッド・フランク法の撤廃を公約。破綻する金融機関解体のための新ルール制定を呼びかけ。


このドット・フランク法というのは、

2010年7月、オバマ大統領の署名により成立した米国の金融規制改革法。上院銀行委員長のクリストファー・ドッドと下院金融サービス委員長のバーニー・フランクの二名の姓を取って通称される。ドッド=フランク法は、1920年代の米国で金融的投機がもたらした世界金融不安および大恐慌の発生を根絶するため成立したグラス=スティーガル法の現代版である。


さらに、このグラス=スティーガル法というのは、ここにあるように経済を金融洪水から守るための、防波堤システムとでも言うべきものだった。
ポール・クルーグマンの著書「さっさと不況を終わらせろ」の「グラス=スティーガル法」について読んで要約すると以下のようになる。

グラス=スティーガル法は銀行が手を出せるリスクの量を制限した。
これは預金保険が成立したので特に不可欠だった。そうでないと、預金保険がすさまじい「モラルハザード」を作り出してしまう。つまり、銀行が何も問いただされずに預金者から大金を調達し ― どうせ政府が保証してくれるんだし ― それをハイリスクハイリターンの投資につぎ込み、勝てば大もうけ、ダメならば納税者が負担と決め込むことが可能になってしまう。そういうわけで、銀行は預金者の資金で博打を打たないように、各種の規制を課せられることになった。最大の点として、預金を集める銀行はすべて、融資だけしか出来ないよう規制された。
(中略)
しかし、ビル・クリントンは大恐慌時代の規制にとどめの一撃を加え、商業銀行と投資銀行を分離するグラス=スティーガル法のルールを排除した(*1)。


つまりロムニー候補支持に多くの金融機関がついたのは、この法律によって銀行は預金者の資金で博打が打てなくなるというわけだ。
オバマ候補にIT企業がついたのはどういう理由かは、ぼくにはわからないがこちらも興味深い。どなたか知っていたら理由をぜひ教えてほしい。

3.経営者が抑圧された時代にも経済成長は達成できた

しかし不思議なことに、フォーチュン誌が1955年に描いた抑圧された企業幹部たちは、不正義に異議を唱えたり、国家への貢献を惜しんだりすることはなかった。フォーチュン誌の記事を信じるなら、彼らはむしろそれまで以上に一生懸命働いた。


ここに出てくる企業幹部というのは現代の企業幹部たちとはだいぶ様相が違う。
昔は、企業幹部といっても、工場だったら開発や製造を社員と一緒にやっていたような、つまりホンダ自動車の本田宗一郎氏のような人たちだったのではないだろうか。
アメリカだったら電機業界の創成期のトーマス・エジソン(GE)やヘンリー・フォード(Ford Motor)ではないだろうか。
いまやそういった気骨のある経営者はいなくなり、創業してから二代目三代目(もちろん世襲とは限らない)が社長の座についていることもざらだろう。以前、同族経営の会社に勤めていたが、息子が社長になったころには、周囲が息子に振り回されて大変な目にあっていたと思う。北朝鮮の世襲を見てもわかるとおり、同族支配というのはろくなことがない。政治家も同じで、現代は世襲議員ばかり。実際に政策の中身で勝負して議員になったわけではない。親(大物政治家)の人気(七光り?)のおかげで議員になっただけ。世襲は議員になれないようにするべきだ。

4.「大圧縮」の時代

第二次大戦後の重税と強い組合の数十年で特記されるのは、広範に分配された目覚しい経済成長に他ならない。1947年から1973年にかけての中間層の家計所得の倍増は、まさに空前絶後の快挙である。

どちらに郷愁を感じるか。


1950年代というのはアメリカにとって、中流階層社会であった。
経済歴史家であるクローディア・ゴールディンとロバート・マーゴは、1920年代から50年代のアメリカで起こった所得格差の縮小、つまり富裕層と労働者階層の格差、そして労働者間の賃金格差が大きく縮小したことを「大圧縮」(The Great Compression)と呼んでいる。
戦後の急成長期(1947~73年)において、典型的な世帯の実質収入は、現代の価値にして22,000ドルから44,000ドルへと、ほぼ倍に跳ね上がっている。これは年率2.7%の成長率である。そしてすべての層の収入も同率で上昇したため、「大圧縮」で達成された比較的平等な収入配分はそのまま維持された(*2)。

一方日本では1956~73年度経済成長率平均9.1%である。
経済成長率推移より
経済成長率推移

1.であげた「所得税の税率構造の推移」を思い出してほしい。昭和49年(1974年)の最高税率は93%もあったのだから。つまり過去のデータから言えば、累進課税が厳しいほど経済が停滞したということはなく、反対に累進課税が厳しく、最高税率が高いほど経済が伸びていた(*3)。
このグラフにあるように

56-73年度 平均 9.1%
74-90年度 平均 4.2%
91-11年度 平均 0.9%


と、経済成長率の平均はさがり、それは「所得税の税率構造の推移」にあるように累進課税の最高税率の低下に連動して下がってきている。つまり両者には相関関係があり、累進課税が厳しいから経済がよくならないなどというのは、富豪たちの詭弁でしかない。2.でふれたポール・クルーグマンが言う「富豪たちにとってはるかに厳しい環境だった1950年代は、間違いなく経済的危機にあった、ということになるのではないか。」という問いの答えは「1950年代の累進課税の厳しい時代の方が経済がより成長した」である。なぜこんなにも減税してしまったのだろうか?それはレーガン時代に、金持ち減税をどんどん富豪たちの都合のよいように進めていったからだ。同じように日本では自民党が金持ち減税をどんどんやっていったからだ。だれでも「減税」という聞こえのいい言葉で、ついうっかりレーガンや自民党に投票してしまったのだろう。だけど「減税」のいちばんの恩恵を受けたのは、1%の富豪たちであり、99%の庶民は関係なかった。そして気がついたら、アメリカも日本も1000兆円もの借金を抱えてしまったというのが現実だ。そして金持ち減税によってたっぷり甘い汁を吸った富豪たちは、その国の借金のつけを99%の庶民に負わせようとしている。そんなこと許されるだろうか?

続きはまた来週。

【Takky@UC】

参考文献
*1:さっさと不況をおわらせろ ポール・クルーグマン
*2:格差は作られた ポール・クルーグマン
*3:富裕層が日本をダメにした! 「金持ちの嘘」にだまされるな 和田秀樹


[編集部より]
この続きは3月11日に公開予定です。
皆様のご意見をお待ちしております。
当Nabe Party では mixi「鍋党コミュ」ないで税政に関するさまざまな議論を活発に行っております。その成果結果(OUTPUT)を当ブログに掲載しています。ぜひあなたもmixi「鍋党コミュ」に参加して、一緒に議論に参加してみませんか?小さな政府論はおかしいと思う人は、ぜひご参加ください。そして現在の「強者への逆再分配税制」を改めていきませんか?お待ちしております。
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テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

■ Comment

天斗さんへ

天斗さん

どうもはじめまして。Nabe Party のTakky@UCと申します。
コメントありがとうございました。
天斗さんは以下のコメントの
・心配する者さんの書かれた「社会主義に対する誤解」
というコメントに対して、返信されていると思います。
ですが、この心配する者さんという方は、当Nabe Party の方ではないので、この方のコメントがNabe Party の意見ではありませんので、ご了承ください。

>常識的に考えたら、累進課税で30%以上をとられるのは、国民の少数派なわけですから、議会で税源をそのようにとると決めても、どんな近代憲法を有する資本主義国でも「合憲」であり「何の問題もない」といっているだけです。

確かに給与所得に対する累進課税ではそのようになるのですが、株とか不動産所得にかかる税金が分離課税になってるために、所得が一億円を越えたあたりから所得税負担率が逆に下がっているという逆転現象が起きてしまっています。
これは過去にも当ブログで指摘していますので良かったら下記のリンクを読んでください。

・庶民同士の共食いではなく、富裕層増税を論点に!
http://nabeparty744.blog111.fc2.com/blog-entry-65.html

証券優遇税制についてはこちらを参照してください。
・日本の投資家のあきれた節税法(証券優遇税制)
http://nabeparty744.blog111.fc2.com/blog-entry-49.html

つまり、このようないびつな税制はおかしいのではないかというのが当Nabe Partyの主張してるものです。
「北欧型新自由主義」については、当Nabe Party のKojitakenさんが以下のブログを公開していますので、こちらも参考にしてください。

・安倍政権が目指すのは苛烈な「日本型新自由主義」社会だ
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1321.html

No title

誤解なきように申し上げると、私自身は、富裕でもなんでもありません。「新自由主義万歳!」とも言っておりません。

ただし「政治政策」と「司法的・法解釈」は、別物だと言っているだけです。

常識的に考えたら、累進課税で30%以上をとられるのは、国民の少数派なわけですから、議会で税源をそのようにとると決めても、どんな近代憲法を有する資本主義国でも「合憲」であり「何の問題もない」といっているだけです。

あと、「北欧新自由主義」と言っているのは、ものすごく単純に要約すると、「左派」と呼ばれる勢力でも「自由貿易派」か「保護貿易派」の違いがあると言っているだけです。


No title

みなさんは、「結果の平等」を追及しているのですか?

>一つは、菅氏や枝野氏をはじめとする、結果の平等は悪平等であり社会主義だと批判し、アメリカのように機会さえ保障されていれば格差はあってしかるべきと考える大きな貧富格差を容認する勢力です。

アメリカは、特段に初等教育の段階での「機会」があるとは、言えませんよ。

はっきりいって、「すべての国民への機会の平等」を実現できている国は、先進国でも実は不十分なのでしょう。



>国民皆保険制度そのものが社会主義的制度である事は紛れもない事実です。

うそです。

例えばアメリカの連邦最高裁は、連邦政府の保険強制加入制度の保険に加入しない個人から罰金を徴収することを「連邦議会が保有している課税の権限」に該当するので「憲法違反ではない」と判決しています。判決を書いたのは「共和党のブッシュ大統領が指名したロバーツ最高裁長官」です。

一般的に「of by for the people」の政府の一部としての議会の権限では、国民にかす義務としての保険料の徴収などは、「当然」正当化されますよ。

つまり、社会主義の枠組みとは、無関係でしょう。

私は、友人と、フィンランドにいたことがありますが、フィンランドの「社会民主主義」は、「日本の社民党」が好みそうな「中小企業の支援」などは、ほぼ100%ありえないでしょう。北欧の産業は「大企業・グローバル産業」中心ですし、むしろ「北欧型新自由主義」などと呼んでいる研究者もいます。

No title

本題から逸れますが…

>旧ソ連は共産主義であり、社会民主主義を批判するロジックとして「労働者を搾取し、幹部が贅沢な暮らしをしている」などと持ってくるのは、完全に筋違いであるのです。

共産主義・社会主義の定義にはいろいろあるでしょうが、これは一般的なものとはいえないでしょう。やはりソ連は、いちおうマルクスの系統を引く設立者たちが自称したように、社会主義であるし、社会主義とは生産手段の社会的所有であり、それにともない計画経済をとり、それらを実現するためにプロレタリア独裁をおこなうというものでしょう。

いっぽう社民主義とは、あくまでも私有財産制と市場経済(=自由競争)を原則とし、その上で再分配を強化し、社会保障を充実させるというものでしょう。もちろん再分配は、私有財産を制限するものであり、その点では社会主義的ではありますが。

ちなみに私は、現代における社民主義の難しさとは、社民主義とはすべての「国民」の生活の豊かさを目指すという点で一国繁栄主義的であり、それがグローバル経済の下で許されるのか?ということにあるのではないかと感じています。特に日本のような巨大な国にとっては。

Re:社会主義に対する誤解

心配する者さん

コメントありがとうございました。
へんなご心配をかけてしまい申し訳ありません。

2.「社会主義」というレッテル張りの愚かしさ

で書いたことは、「社会主義」に対して誤解を与える内容であったかもしれません。自分では逆説的に書いたつもりでしたが、ちゃんと「社会主義」について説明を入れるべきでした。

心配する者さんが言われる
新自由主義者達の狙いは、「社会主義」という言葉にネガティブなイメージを与え、人々にそのイメージを植え付ける事で、社会民主主義そのものを排撃する事にあるのです。

というのは、日本においては、自民党やマスコミが「共産主義」や「社会主義」にネガティブなイメージを作り上げ、それを選挙にうまく使っているところがあります。日本共産党や社民党がいくら立派な政策を語ったところで、このようなネガティブなイメージによって選挙では散々な目にあっています。
この理由は、ひとつに有権者がテレビなどのマスコミを通して、洗脳されているのが問題だと思います。

鍋パーティにもよかったら参加してください。
どうもありがとうございました。

社会主義に対する誤解 4/4

何故この話をここに書き込んだかというと、貧富格差是正に関して、きちんとやろうとすると、下記の点が必要不可欠であると考えるからです。

1 共産主義批判と社会主義批判(社会民主主義批判)の混同を是正する事

2 社会主義を嫌い、社会民主主義を敵視する不毛な状態の除去

3 リベラル政党ではなく、社会主義インター加盟の社民政党が大勢力を形成する事

4 3の社民政党が政権を取る事

一言で言えば、これはドイツやフランス、あるいはスウェーデンのように、社民政党が大政党として君臨し、政権を頻繁に担うという「普通の民主主義国家」に日本は転換せよ、正常化せよ、という事です。

日本のように大政党の組み合わせが保守とリベラルという国は世界的にもアメリカくらいしかなく、英米圏でもイギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドは保守と社民の組み合わせで、保守とリベラルという組み合わせは極めて稀(異常)なんです。

新自由主義者は社会主義という言葉を用いて批判して来ますが、それに乗って筋違いの社会主義批判をすれば、新自由主義者達はまんまと罠にはまったなと心の底でほくそ笑んでいる事でしょう。
リベラルは自由主義を思想的支柱とする為、平等や貧富格差に対する関心は極めて低いですし、新自由主義と同根という事で、新自由主義者から見れば与し易い相手です。
その証拠に、リベラルの枝野氏は結果の平等は悪平等であり社会主義であるとの政治的信念の下、積極的に所得税の最高税率引き下げ等に賛成し、勝者と敗者との間の格差を拡大させ、新自由主義者と共闘して現在の格差社会を作ってきました。
リベラル=自由主義と新自由主義は共闘可能な仲間なのだという認識を持ってください。
社会主義は悪ではありません。まずはこの当たり前の事実を正しく認識し、新自由主義者が結果の平等は悪平等であり社会主義だと攻撃してきたら、貧富格差を拡大させる自由主義は社会を破壊し、人間自体を破壊し、非人道的、重大な人権侵害を伴うもので到底許容できない、と正攻法で正確な反論をするべきなのです。
そうした正しい反撃を試みられない限り、新自由主義は続くでしょうし、リベラルも格差是正派のように振る舞って人を騙し、勢力を温存しようとするでしょうし、結局、新自由主義は終わらない、貧富格差も開く一方で地獄絵図になった、という事になりかねないのです。

民主党は今年の夏の参院選で大惨敗し、その後、分裂解党し、新党が作られるという話がまことしやかに語られています。
その際に、民主党内の社会民主主義志向を持ったグループが、社民党と一緒になるなり、社会主義インター加盟の社民政党を新たに結党するという流れになればいいのですが、仮に菅氏や枝野氏らのリベラルが主導し、リベラル新党が作られて、そちらが左派最大勢力の政党となった場合、日本で格差社会が是正される道は閉ざされる事になります。
そういった事態を防ぐ為にも、より多くの人達が、民主党リベラル派の動向を注視し、おかしな流れができないように監視し、そうなりそうになった時には厳しい批判や非難を強烈に行っていく必要があり、ここで書いてきた事がそうした事をする上で非常に重要なのです。

長文である為、4分割しました。
日本社会が少しでも健全化し、まともな民主主義国になる事を願う。

社会主義に対する誤解 3/4

日本で格差社会がどのように進んだか、覚えておいででしょうか?
最初に始まったのは、1990年代の、
「努力して頑張っている人間が報われないのはおかしい。結果の平等は悪平等だ」
「努力した者とそれ以外の人間の稼ぎが同じなのは悪平等の社会主義で、不公平だ」
という悪平等主義批判、結果の平等は社会主義批判ですよね。
このロジックのもと、所得税の最高税率が引き下げられ、高所得層の優遇が始まります。
実はこのロジックに賛同していた民主党のリベラル派議員がいた事をご存知ですか?
枝野幸男氏です。
言うまでもなく、枝野氏は菅直人氏に代わるリベラル派の次世代のエースと目されてきた、リベラル派を代表する人物です。
予め断わっておきますが、個人攻撃を目的として、名を挙げるのではありません。
民主党のリベラル派がどういう性質を持っているのか説明する為です。
枝野氏は、結果の平等は社会主義であると非難しつつ、リベラルと社会民主主義とは全くの別物であると説明し、アメリカを引き合いに出して、機会さえ平等に保障されていればよい、と言っています。
リベラル≒社民主義という考え方が広まっている日本では違和感を覚えられるであろうこの説明は、実は正しいんです。
リベラルは自由主義思想に根を下ろす政治勢力であり、国際組織として自由主義インターナショナルというものが存在しています。
社会民主主義は社会主義思想に根を下ろす政治勢力であり、国際組織として社会主義インターナショナルというものが存在しています。
リベラルと社民主義とは思想的には全くの別物で、考え方が全く異なるのです。
枝野氏は違いを理解した上で、貧富格差の問題への関心の低いリベラリズムを選択し、かつ結果の平等は社会主義であると非難しているという事です。
菅直人氏も、過去の言動を調べると、やはりリベラルと社会民主主義とは全くの別物であるという立場に立っていて、アメリカのリベラルが自分の立場だというスタンスを取っています。
つまり民主党のリベラル派というのは、積極的に所得税の最高税率引き下げ等に賛成し、結果の平等は悪平等であり社会主義であるとの政治的信念の下、勝者と敗者との間の格差を拡大させ、現在のような格差社会を主体的に支持して作ってきた、という事なのです。
民主党は、特にリベラル派の議員ですが、マスコミに露出すると、民主党は欧州社民の代わりとなる政党だと、まるで格差是正に積極的な政党であるかのようにアピールして来ましたが、中身は全く違っていて、票欲しさに嘘を吐いていただけだという事です。
これら批判に関し、恐らく、横路氏をはじめとする旧社会党議員の存在を挙げて、民主党のリベラル派は格差是正派であると反論したくなる方がいると思います。
そもそも民主党のリベラル派には、二種類あるのです。
一つは、菅氏や枝野氏をはじめとする、結果の平等は悪平等であり社会主義だと批判し、アメリカのように機会さえ保障されていれば格差はあってしかるべきと考える大きな貧富格差を容認する勢力です。
残る一つは、やはり1990年代ですが、アメリカなら社会党右派はリベラルと呼ばれる、と政治評論家が唱え、その説に沿ってリベラルを名乗り始めた社民主義者のグループです。
しかし民主党において後者は殆ど力がない為、ほぼ存在を無視してもよい状態にあります。旧社会党グループに菅氏や枝野氏と並ぶような、代表選に出馬できる議員がいない事がその証明となるでしょう。

社会主義に対する誤解 2/4

新自由主義の正体というのは、冷戦後、社会を改良する為に西側諸国がどんどん社会主義化して行った事に対する、資産家と資本家の逆襲(反逆)であるとするのが、新自由主義を考察してきた人達に共通する考え方です。

これまでの説明で理解できたと思いますが、新自由主義者達の、現代社会が社会主義的であるという非難や批判は、実は非難や批判としては正しいんです。この部分だけは、絶対に間違えてはいけません。

間違っているのは、そういう批判や非難を加えられた際に、新自由主義に批判的な立場の人が、社会主義ではない、と反論を試みる事なんですね。

この反論は、新自由主義者の思う壺なんです。

例えば、この記事を書かれた方が言っている、「労働者を搾取し、幹部が贅沢な暮らしをしている」という主張は、反共主義者達が旧ソ連・共産主義を非難する際に使われたものです。
しかし、冷戦が崩壊すると、社会民主主義批判に転用され、新自由主義者達が社会民主主義を攻撃する際に使ってきたロジックとなったものです。

社会民主主義は、広義の社会主義であり、れっきとした社会主義の一種です。
それどころかロバート・オウエンらの社会主義を継承する、正統派の社会主義ですらあります。
ヨーロッパで社会主義者と言えば、普通に社会民主主義を示しています。

言うまでもない事ですが、旧ソ連は共産主義であり、社会民主主義を批判するロジックとして「労働者を搾取し、幹部が贅沢な暮らしをしている」などと持ってくるのは、完全に筋違いであるのです。

新自由主義者が、事あるごとに「社会主義」という言葉で非難を繰り返すのには、理由があるんです。

新自由主義者達の狙いは、「社会主義」という言葉にネガティブなイメージを与え、人々にそのイメージを植え付ける事で、社会民主主義そのものを排撃する事にあるのです。

この記事を書かれた方が新自由主義者でない事は明白ですが、新自由主義者達にまんまと乗せられて、術中にはまってしまっているわけです。

正当に富を再分配すること、すなわち社会民主主義(社会主義)を求めている人が、社会主義を批判していたら、絶対に求めているものが手に入る事などないわけですからね。

社会主義に対する誤解 1/4

正当に富を再分配することは、正しく「社会主義」です。
それに対して、「一生懸命に働いている労働者達を低賃金で働かせている投資家や経営者」の存在は、正しく「自由主義」社会の姿そのものです。

もともと社会主義というのは、自由主義社会で労働者が低賃金で働かされ、何の保障もされずに悲惨な生活を送っていた事に対し、その改善を志向する運動として始まっています。
一例を挙げるならば、初期社会主義を代表する、イギリスの有名な社会主義者のロバート・オウエン(1771年5月14日 - 1858年11月17日)です。
オウエンは自分の工場で児童労働をやめ、工場に学校を併設し(世界初の幼稚園)、労働者の労働条件や生活条件を改善を図った人物として、今も歴史に名を残しています。
またオウエンは、労働組合を作り、労働者の生活改善や労働環境改善を図ろうとした世界で最初の人でもありました。
生産手段を共有するという発想も、生産手段を資本家が所有する事が問題であり、富を正当に再分配する為に必要であると考えられて出てきたものです。
ドイツでは、社会主義者達が血を流した代償として、年金制度が導入されたという歴史的事実があります。
アメリカで国民皆保険を共産主義だ、社会主義だという非難がありますが、国民皆保険制度そのものが社会主義的制度である事は紛れもない事実です。
世界中の国々で社会主義者や共産主義者達が社会保障制度の拡充を訴え、共産革命を恐れた政府が要求を呑んで実現させてきたのですから、社会主義的制度である事は当たり前です。
福祉国家も、労働法の整備による労働者の保護も、全て社会主義者や共産主義者達が、命懸けで、必死の運動を試みてきたその果実です。

現代社会というのは、このように、これまでに国や資本家から弾圧され、多くの血を流した社会主義者達、共産主義者達が築いてきた上に成り立っているんです。

また、現代社会は、このように社会主義的な政策や制度を導入する事で、社会改良を試みてきた為、社会そのものがかなり社会主義的になっています。
ヨーロッパではイギリス労働党、ドイツ社民党、フランス社会党、スウェーデンの社会民主労働党など、社会主義インターナショナルに加盟している社会民主主義政党が頻繁に政権を担っていますし、それら政党が社会主義政策を実施して社会改良を図ってきたのですから、社会そのものがかなり社会主義的になっている事も、ごく当たり前の事です。
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