「金持ちには応分の負担を、そして労働者には適切な賃金を」(前編)
ポール・クルーグマンの「高所得者増税」論文を全文公開「金持ちには応分の負担を、そして労働者には適切な賃金を」
を読み解いていこうと思う。以下の文を読む前にリンク先のポール・クルーグマンの原文を読んでほしい。
1.質素だった1955年の経営者たちの生活
しかし1950年代には、最高所得層に適用される税率区分の最低税率はなんと91%だったのだ。一方、企業利益への税率は、国民所得比で見ると、近年の2倍だった。そして1960年頃、アメリカ人の上位0.01%は、現在の2倍に当たる70%以上の実効連邦税率を支払っていたと推定される。
昔のアメリカの最高所得層に課せられる最低税金が91%だったというのは、今聞いたらびっくりるくらい高税率だと思う。企業利益への税率も近年の二倍ほどもあった。ここで昔の日本の所得税について調べてみよう。財務省の「所得税の税率構造の推移」によると、昭和49年(1974年)は最高税率75%で住民税と合わせた最高税率は93%というびっくり仰天の税率だった。
「所得税の税率構造の推移」より
住民税と合わせた最高税率
昭和49年(1974) 93%
昭和59年(1984) 88%
昭和62年(1987) 78%
昭和63年(1988) 76%
平成元年(1989) 65%
平成 7年(1995) 65%
平成11年(1999) 50%
平成19年(2007) 50%
このように最高税率はいまや50%まで引き下げられている。
続けてポール・クルーグマンはこう言っている。
当時、富裕なビジネスマンが担わなければならない重荷は、高い税金だけではなかった。彼らは、今日では想像しがたいほどの交渉力を持つ労働者にも向き合わなければならなかったのだ。
1955年、アメリカの労働者の3分の1が組合員で、巨大企業での労使交渉は双方対等であった。企業は単に株主に奉仕するのではなく、一連の『ステークホルダーズ(利害関係者)』に奉仕するもの、という考えが一般的ですらあった。
高い税金と、強権を与えられた労働者に挟まれて、当時の経営者は、前後世代の経営者の水準からみると比較的貧しかった。
1955年にフォーチュン誌は、「重役たちの暮らしぶり」という記事を掲載し、その中で昔に比べて彼らの生活がいかに質素になったかを強調してい る。広大な邸宅、大勢の使用人、巨大なヨットという1920年代の光景は姿を消し、典型的な重役はこじんまりした郊外の家に住み、手伝いはパート、持ち 船、といってもかなり小さなレジャー用ボートを走らせるだけ、という具合だ。
昔のアメリカは税金も高かったし、労働組合も強かった。経営者たちの生活水準は質素だった。
つまり、経営者と労働者は対等なテーブルについていた。
日本でも昔は労働組合がストを行ったりしていたが、今ではそんな話はぜんぜん聞かなくなった。もうひとつは2011年には非正規比率が男20.1%、女54.6%と男女とも過去最高を更新している。非正規労働者が賃金交渉をするのは本当に厳しい話だ。
2.「社会主義」というレッテル張りの愚かしさ
今日、大邸宅や大勢の使用人、ヨットは、先例を見ない規模で復活している。そして富豪たちのライフスタイルを妨害しそうに見える政策は、ことごとく『社会主義』という轟々の非難に遭遇するハメになる。
ここで「社会主義」という非難に遭遇するハメになると言っているのは、正当に富(ここでは給与報酬・労働分配率のこと)を再分配することは「社会主義」だといって非難されるというわけだ。非難しているのは、誰かといえば富豪たちであり、多くは強欲なウォール街の投資家たちなのではないかな?だけど、ぼくのような労働者からして見れば、「社会主義」的なのは投資家や経営者のほうだろう。一生懸命に働いている労働者たちを低賃金で働かせている投資家や経営者のほうが「社会主義」的ではないかと思う。だれだって、仕事をした分は正当に評価されるべきだし、社会や会社に貢献した分を給与報酬・労働分配として正当に受け取るのは当然のことだ。そうしなければ労働者のモチベーションだって保てない。つまり正当な富の再分配を「社会主義」といって非難しているのは、富豪たちの詭弁に過ぎない。日本では、安倍総理が経団連に賃金引上げ要請するのをみて「国家社会主義者」などと言われているのを見てびっくりした。
つぎに今回の大統領選の話が出てくる。
実際、今回の大統領選でのロムニー候補の選挙運動は、バラク・オバマ大統領による高所得層へのわずかな増税と、数人の銀行家たちの不正な行状への言及が、経済の勢いを削いでいるという前提に基づくものであった。もしそうなら、富豪たちにとってはるかに厳しい環境だった1950年代は、間違いなく経済的危機にあった、ということになるのではないか。
今回の大統領選挙でどういう団体が両候補を応援していたかというと、以下のように真っ二つに分かれるところがおもしろい。
米大統領選と世界の金融規制改革より
オバマ大統領の献金リスト
1.カリフォルニア大学:70万ドル
2.マイクロソフト:54万ドル
3.グーグル:53万ドル
4.ハーバード大学:43万ドル
5.アメリカ政府:40万ドル
ロムニー大統領候補の献金リスト
1.ゴールドマン・サックス:89万ドル
2.バンク・オブ・アメリカ:67万ドル
3.JPモルガン:66万ドル
4.モルガン・スタンレー:65万ドル
5.クレディ・スイス:55万ドル
Source: http://www.opensecrets.org/pres12/contriball.php
「オバマ」vs「ロムニー」というのは、「IT企業」vs「投資銀行」の代理戦争だったのではないかと思える。
なぜこんなことになったかというと、二人の政策の違いがある。
金融業界規制より
オバマ:
無軌道な金融取引の取締と消費者保護を強化したドッド・フランク法(2010年成立)の徹底施行を表明。
ロムニー:
ドッド・フランク法の撤廃を公約。破綻する金融機関解体のための新ルール制定を呼びかけ。
このドット・フランク法というのは、
2010年7月、オバマ大統領の署名により成立した米国の金融規制改革法。上院銀行委員長のクリストファー・ドッドと下院金融サービス委員長のバーニー・フランクの二名の姓を取って通称される。ドッド=フランク法は、1920年代の米国で金融的投機がもたらした世界金融不安および大恐慌の発生を根絶するため成立したグラス=スティーガル法の現代版である。
さらに、このグラス=スティーガル法というのは、ここにあるように経済を金融洪水から守るための、防波堤システムとでも言うべきものだった。
ポール・クルーグマンの著書「さっさと不況を終わらせろ」の「グラス=スティーガル法」について読んで要約すると以下のようになる。
グラス=スティーガル法は銀行が手を出せるリスクの量を制限した。
これは預金保険が成立したので特に不可欠だった。そうでないと、預金保険がすさまじい「モラルハザード」を作り出してしまう。つまり、銀行が何も問いただされずに預金者から大金を調達し ― どうせ政府が保証してくれるんだし ― それをハイリスクハイリターンの投資につぎ込み、勝てば大もうけ、ダメならば納税者が負担と決め込むことが可能になってしまう。そういうわけで、銀行は預金者の資金で博打を打たないように、各種の規制を課せられることになった。最大の点として、預金を集める銀行はすべて、融資だけしか出来ないよう規制された。
(中略)
しかし、ビル・クリントンは大恐慌時代の規制にとどめの一撃を加え、商業銀行と投資銀行を分離するグラス=スティーガル法のルールを排除した(*1)。
つまりロムニー候補支持に多くの金融機関がついたのは、この法律によって銀行は預金者の資金で博打が打てなくなるというわけだ。
オバマ候補にIT企業がついたのはどういう理由かは、ぼくにはわからないがこちらも興味深い。どなたか知っていたら理由をぜひ教えてほしい。
3.経営者が抑圧された時代にも経済成長は達成できた
しかし不思議なことに、フォーチュン誌が1955年に描いた抑圧された企業幹部たちは、不正義に異議を唱えたり、国家への貢献を惜しんだりすることはなかった。フォーチュン誌の記事を信じるなら、彼らはむしろそれまで以上に一生懸命働いた。
ここに出てくる企業幹部というのは現代の企業幹部たちとはだいぶ様相が違う。
昔は、企業幹部といっても、工場だったら開発や製造を社員と一緒にやっていたような、つまりホンダ自動車の本田宗一郎氏のような人たちだったのではないだろうか。
アメリカだったら電機業界の創成期のトーマス・エジソン(GE)やヘンリー・フォード(Ford Motor)ではないだろうか。
いまやそういった気骨のある経営者はいなくなり、創業してから二代目三代目(もちろん世襲とは限らない)が社長の座についていることもざらだろう。以前、同族経営の会社に勤めていたが、息子が社長になったころには、周囲が息子に振り回されて大変な目にあっていたと思う。北朝鮮の世襲を見てもわかるとおり、同族支配というのはろくなことがない。政治家も同じで、現代は世襲議員ばかり。実際に政策の中身で勝負して議員になったわけではない。親(大物政治家)の人気(七光り?)のおかげで議員になっただけ。世襲は議員になれないようにするべきだ。
4.「大圧縮」の時代
第二次大戦後の重税と強い組合の数十年で特記されるのは、広範に分配された目覚しい経済成長に他ならない。1947年から1973年にかけての中間層の家計所得の倍増は、まさに空前絶後の快挙である。
どちらに郷愁を感じるか。
1950年代というのはアメリカにとって、中流階層社会であった。
経済歴史家であるクローディア・ゴールディンとロバート・マーゴは、1920年代から50年代のアメリカで起こった所得格差の縮小、つまり富裕層と労働者階層の格差、そして労働者間の賃金格差が大きく縮小したことを「大圧縮」(The Great Compression)と呼んでいる。
戦後の急成長期(1947~73年)において、典型的な世帯の実質収入は、現代の価値にして22,000ドルから44,000ドルへと、ほぼ倍に跳ね上がっている。これは年率2.7%の成長率である。そしてすべての層の収入も同率で上昇したため、「大圧縮」で達成された比較的平等な収入配分はそのまま維持された(*2)。
一方日本では1956~73年度経済成長率平均9.1%である。
経済成長率推移より

1.であげた「所得税の税率構造の推移」を思い出してほしい。昭和49年(1974年)の最高税率は93%もあったのだから。つまり過去のデータから言えば、累進課税が厳しいほど経済が停滞したということはなく、反対に累進課税が厳しく、最高税率が高いほど経済が伸びていた(*3)。
このグラフにあるように
56-73年度 平均 9.1%
74-90年度 平均 4.2%
91-11年度 平均 0.9%
と、経済成長率の平均はさがり、それは「所得税の税率構造の推移」にあるように累進課税の最高税率の低下に連動して下がってきている。つまり両者には相関関係があり、累進課税が厳しいから経済がよくならないなどというのは、富豪たちの詭弁でしかない。2.でふれたポール・クルーグマンが言う「富豪たちにとってはるかに厳しい環境だった1950年代は、間違いなく経済的危機にあった、ということになるのではないか。」という問いの答えは「1950年代の累進課税の厳しい時代の方が経済がより成長した」である。なぜこんなにも減税してしまったのだろうか?それはレーガン時代に、金持ち減税をどんどん富豪たちの都合のよいように進めていったからだ。同じように日本では自民党が金持ち減税をどんどんやっていったからだ。だれでも「減税」という聞こえのいい言葉で、ついうっかりレーガンや自民党に投票してしまったのだろう。だけど「減税」のいちばんの恩恵を受けたのは、1%の富豪たちであり、99%の庶民は関係なかった。そして気がついたら、アメリカも日本も1000兆円もの借金を抱えてしまったというのが現実だ。そして金持ち減税によってたっぷり甘い汁を吸った富豪たちは、その国の借金のつけを99%の庶民に負わせようとしている。そんなこと許されるだろうか?
続きはまた来週。
【Takky@UC】
参考文献
*1:さっさと不況をおわらせろ ポール・クルーグマン
*2:格差は作られた ポール・クルーグマン
*3:富裕層が日本をダメにした! 「金持ちの嘘」にだまされるな 和田秀樹
[編集部より]
この続きは3月11日に公開予定です。
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